碧海幡豆W協9月例会 刈谷から高浜・碧南市役所巡りWに参加  04年9月12日(日曜) 天気 晴れ  距離 19キロ
コース = JR東海道線・刈谷駅 〜 小垣江 〜 高浜中部公園(昼食) 〜 高浜市役所 〜 明石公園 〜 高浜市役所 〜 名鉄三河線・高浜駅ゴール

9/12(日)先月に続いてまたまた伊能本隊の西川さんが会長を務める碧海幡豆ウオーキング協会へ参加して参りました。 その理由は我が懐かしの刈谷市を歩くからなのです。
パパママの歴史報告のようになってしまいますので省きますが・・・パパの愛知県での原点のような場所であります。 朝電車を降りた駅も当時とは様変わりの様相ですがポツリポツリと面影の風景や建物も残っています。 さてレポート開始としますが一枚目は我がお馴染みのメンバーに貼るからネーでありました。 朝のストレッチは今日も西川ママでしたが西川パパは熊野古道へお出掛けとのコトで不在でありました。



すっかり様子の変わった刈谷駅(JR・名鉄の複合駅です)をスタートして、懐かしの道々を歩きます。 ビックリするほど大きくなった企業の工場風景や30年前とチットも変わらない見慣れた会社も有りました。 あまりの懐かしさにパパはミンナから離れて自分史探訪ウオークをしてしまいました。 パパが刈谷時代に勤務の職場の直ぐ近くの食堂は健在でした。 
・・・昔、職場で流行っていた金曜マージャン日には、その朝日食堂から出前を頼んで時には徹夜マージャンでしたが・・・思い出します。 金曜夜から始めたマージャンが土曜日も続き日曜日の夕方まで・・・ママは土曜の朝食を用意して待ったけど・・・パパは帰らず、その日の夕食も帰らず・・・絶対に日曜の朝にはって・・・でも帰らず、食事を何回も作り直してパパを待っていたとのコトでした。 朝日食堂からは何回食事を運んでもらったことやら・・・本当に懐かしい思い出の店です。
そして友だちのいる仏壇店にも寄りました。 ウオーク中の為チョットって思ったら20分も話込み、コースを変えて小垣江の今は無き我が家にも寄りました。 ココに寄ったら20分では済みません。 また次回にして想い出写真だけとしました。 白い塀は変わっていませんでした。 赤い屋根の小屋が建っている場所にパパママのお家が有ったのです。



よもや昭和52年から7年間生活をしたココをウオーキングで歩こうとは・・・不思議な縁(えにし)を感じます。 パパママが結婚して二年後、勤務先に近い刈谷に引っ越ししたココは旧家の離れ(季節毎に来る植木屋さんの為の家だったとのコト)でした。 親しい不動産屋さんの紹介で、息子さん夫婦が転勤中で年寄り二人なので誰かに住んで欲しいとの話でしたが、これがご縁でまだ子供を持たなかったパパママを子供のように可愛がってもらったのです。 そして息子さん夫婦が戻られその子達もパパママになついて「誰の子じゃ」ってくらい一緒に遊んだりお出掛けをしました。 そしてパパママの所にも二人の子供が生まれ育ち・・・自分の家を持つことになりココを出ましたが六畳2間とキッチンと風呂・・・もう影も形も有りませんが今でもシッカリ記憶の中にある懐かしのボロ屋でした。 ココでミンナと再合流でしたが、誓満寺はお世話になったおじいちゃんおばあちゃんの家の菩提寺でも有り、お盆には一緒に送り火にも来ました。 ウオークレポートのつもりが久々に来た刈谷の想い出カキコになってしまっています。


18キロチョイのコースを高浜市役所に寄り、碧南市役所にも寄る。 東三河地方(碧海・幡豆)を一周して100キロを歩くシリーズウオークの二回目の本日のコースでしたが、懐かしかった刈谷でのパパママ脱線ウオークを終え本隊に合流です。 その後休憩で寄った吉浜地区の八幡神社も知ったところでした。 「おまんとう祭り」と言う秋祭りの盛んな知多三河地域です。 稲刈りの終わった後に農耕を共にした馬を神社の馬場を走り回らせ、それに若者が抱きついて何周もする。 観衆は藁のムチで馬の尻を叩き暴れ馬にさせ、馬にしがみ付く若者を振り落とさせる・・・時には失神や怪我人も出る秋祭りです。 写真は八幡神社の馬場ですが10/9の祭り本番の準備で草刈最中でありました。 そして休憩を終え境内を後にしてですが20分ほど歩いた先の中部公園で昼食になりました。


ユキちゃんのお友だちの敦子さんともいっぱいのお話や「おいなりさん」や「赤飯オニギリ」なども頂き腹はポンポンとなってしまいました。 さあ午後の出発記念の集合写真です。 この高浜も自動車産業の町ですがもうひとつ盛んなのが屋根瓦の産地で「三州瓦」ブランドの町なのです。 歩く足元には瓦を上手に埋めて波形などにして有ったり、陶器の観音様も居られました。


お昼過ぎからかなり暑くなってきましたが、朝夕の涼しさに慣れてきた体にはかなりキツイものがあります。 でも三河湾の浜風と緑陰の小道が疲れを癒してくれます。 岡崎の植野さんもステキな笑顔で颯爽ですし、ごんごの堀さんも敦子さんもです。 大勢の行列に町の方々は「ドチラヘ〜」って聞きますが「刈谷から碧南だヨ〜」って言うと「目が点」となります。 その顔をみてさあスキップで歩きましょう!ってなるのです。


午後の二時前「明石公園」に寄り休憩ととなりましたが、小さいながらジェットコースターや観覧車やゴーカートも有る遊園地です。 今までも歩きに出掛けいろいろなところで休憩しましたが、小さな子供連れの親子で賑わうど真ん中での休憩は初めてでした。 自分たちの子供が小さかった頃を思い出しちゃいました。  童心に返ってカキ氷を食べる元女の子たちです。 ココにも元男の子ですが・・・今でもワンパク小僧のままのステキな堀さんと伊藤さんです。 


このような空気の場所は居るだけで楽しいですが、きっと一緒に乗り物に乗ったらどんなに楽しかろう・・・って思いつつ、ナンかみんなのお顔が子供かおに見えてきます。 そしていっぱい売れたカキ氷のようですが冷たいもので内臓も冷やして、さあ再出発です。


明石児童交通公園を抜けて、高浜の写真はもらしましたがココ碧南市役所でも「俺たち来たぞ!記念」のワンカットで有りました。 そして三時半に予定通り名鉄碧南駅にゴールしました。 最後の一枚に写っている方々は碧南市役所の関係者だそうですが、今回の企画にご一緒となったそうです。 朝の犬の散歩程度で・・・って言いながら、後半はかなりお疲れの様子でしたが見事に完歩です。 今夜は美味しいビールと心地良い爆睡タイムが待っているコトと思います。

晴天の中、懐古の念でいっぱいの刈谷を自分の足で歩くなんて・・・碧海幡豆Wのスタッフの皆様 我がままウオークのパパママでしたが前半は失礼を致しました。 そして本当にありがとうございましたデス! ではでは これにて お終いと致します ネー



追記 パパママの小垣江時代

パパママが結婚して最初に住んだのは以前にお遍路ウオークでも紹介しましたが大府市共和でありました。
二年後に親しい不動産屋の方の紹介で「息子さんご夫婦が転勤で不在のお年寄りの家の離れに有る一軒家を貸すって話があるけど、どうかなー」ってご紹介でした。 普通の借家住まいと違い同じ敷地内でしかも門も一つのところを出入です。 不動産屋さんが案内してくれ、お見合いのような面接のような出逢いでしたが、トトロに出てくるようなやさしいおばあちゃんと真面目が洋服のおじいちゃんが即決で我々を笑顔で迎えて頂きました。 住んだ家はボロ屋ではありましたが家賃もかたち程度の金額でした。 それから数ヶ月もせずに本社勤務になった息子さん夫妻と二人の子供たちもココに戻られ、みんなが一つの家族のように過ごした日々でした。 我が子供たちは刈谷市総合病院(旧・豊田病院)で誕生でしたし幼少期はココで過ごしました。 子供が生まれてから専業主婦となったママの生活の全てがココに有ったのです。 
想い出の一コマですが、大きなヘビが我がボロ家に現れたことが有りました。 息子を抱え娘の手を引いて野外に避難のママは・・・近所のお友だちのところに・・・連絡をして来た警察官もあまりのヘビの大きさにビビリ他の人の救援を求めたほどだそうです。 そのコトは地元新聞に後日談として掲載されたほどですが、ヘビが大ッ嫌いのパパが会社で不在でサイワイでありました。 話がアチコチに脱線ですが懐かしさと想い出が凝縮の「小垣江」なのです。     



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